現在、多くの企業が自社の認知拡大や採用活動、商品の販売促進などを目的としてTikTokに参入しています。ショート動画市場の拡大に伴い、TikTokはビジネスにおいて非常に強力なプラットフォームになりました。しかし、弊社がこれまで数多くの企業アカウントを見てきた中で、圧倒的多数の企業が同じ罠に陥り、時間と予算を無駄にしています。
その罠とは、「再生数を伸ばすこと」自体を目的化してしまうことです。
TikTokの運用をスタートする際、社内の稟議を通すためや、運用担当者の評価指標として、どうしても「月に〇〇万再生」といったわかりやすい数値を設定しがちです。また、TikTok運用代行会社も、クライアントにわかりやすい成果を提示するために再生数をアピールします。
しかし、企業がTikTok運用をする場合、再生数を目標にした運用をすると、本質的な部分で全く意味がなく、動画が継続的に伸びるとも限りません。
さらに、最近では「企業アカウントも属人化してファンを作らなければならない」という風潮があります。社員を前面に出し、エンタメ要素の強い企画に挑戦する企業も増えました。しかし、アカウントを属人化し「ファン化」を目指すという場合にも、単なる個性や「おもしろい企画」だけでは立ち行かなくなります。
そこには明確なトピックの専門性や企業としての強いメッセージ性が必要になります。
今回は、企業がTikTok運用において再生数至上主義に陥る危険性と属人化・ファン化の認識に齟齬があり失敗するメカニズムについて、実際の失敗事例を交えながら詳しく解説します。小手先のバズテクニックではなく、本当に企業に利益をもたらすための本質的なSNS運用の考え方をお伝えします。
企業TikTokにおける最大の落とし穴「再生数を目標にする運用」
企業がTikTokアカウントを立ち上げた直後、最初にぶつかる壁が「再生数が回らない」という焦りです。この焦りから、本来のターゲット層とは無関係なトレンドの音源を使ったり、無理なダンスを踊ったりと、とにかく数字を稼ごうとする行動に出ます。
しかし、再生数という単一の指標に依存した運用は、企業にとって非常に危険なアプローチと言えます。
再生数を追うことが本質的に無意味な理由
TikTokのアルゴリズムは、視聴者の興味関心に基づいてコンテンツを最適化し、おすすめ(For You)フィードに配信します。もし、あなたの企業がBtoB向けのSaaSシステムを販売しているにもかかわらず、流行のミームやエンタメ系の動画で100万再生を獲得したとします。確かに画面上の数字は華やかで社内でも一時的に称賛されるかもしれません。
しかし、その100万人の視聴者の中に、あなたの企業のシステムを導入する決裁権を持ったビジネスパーソンは何人いるでしょうか。おそらく限りなくゼロに近い数字になります。エンタメ動画で集まった視聴者は、あなたの企業の「おもしろい動画」に反応しただけであり、企業が提供するサービスや専門性には全く興味がありません。
このように、ターゲットを無視して集めた再生数は、ビジネス上の成果(コンバージョン)に結びつきません。さらに悪いことに、無関係な層に動画が拡散されることで、TikTokのアルゴリズムは「このアカウントはエンタメ好きの若年層向けである」と誤認します。
結果として、本当に届けたい専門的なビジネスコンテンツを発信した際に、アルゴリズムが正しいターゲット層へ動画を届けてくれなくなります。再生数を追うことは、自らアカウントの方向性を破壊する行為に等しいと言えます。
TikTok運用代行が陥りがちな「再生数=成果」という誤認
多くのTikTok運用代行会社も、この問題に拍車をかけています。代行会社の多くは、契約を獲得し継続させるために、クライアントに対してわかりやすい「実績」を示す必要があります。その際、最も簡単に提示できるのが再生回数やフォロワー数の増加です。
「弊社にお任せいただければ、初月で累計100万再生を達成できます」といった営業トークは頻繁に耳にします。そして、その数値を達成するために、彼らは広く大衆受けするような、当たり障りのないエンタメ企画や、過激なフックを用いた動画を制作します。運用代行会社にとっては、再生数を稼ぐことが自社のKPI達成になります。
しかし、企業の本来の目的は採用の成功であったり、商品の売上向上であったりするはずです。再生数が伸びたにもかかわらず、自社のサイトへのアクセスが増えない、求人への応募が一件もないという状況に陥り、数ヶ月後に「TikTokは効果がない」と撤退する企業が後を絶ちません。
TikTok・SNS運用代行会社の提案する「再生数」という成果指標をそのまま鵜呑みにすることは、非常にリスクが高いと認識してください。
少ない再生回数でもコンバージョン(CV)は獲得できます
では、再生数が少なければ失敗なのかというと、全くそうではありません。むしろ、ターゲットを極限まで絞り込んだ専門性の高い動画であれば、再生数が1000回や2000回であっても、十分に大きなビジネス成果(コンバージョン)を生み出すことができます。
例えば、特定のニッチな業界の専門用語を解説し、その業界特有の悩みに寄り添うような動画を作ったとします。一般のユーザーには全く意味がわからないため、動画がバズることはありません。しかし、その業界で働いている人にとっては「まさに自分のことだ」と強く共感するコンテンツになります。
たった500回の再生でも「その500人」が全員自社のターゲット層であれば、そこから数件の高額な契約や優秀な人材の採用につながる可能性は十分にあります(しかしそのようなコンテンツの場合、視聴維持率は高いのでバズは起こらなくても500回で止まることはありません)。企業アカウントにおいて大切なのは、不特定多数の「1万回のスワイプ」ではなく、本当に届けたい相手の「深く刺さる1回の視聴」を獲得することです。
属人化とファン化の認識の齟齬
近年、SNSマーケティングにおいて「企業アカウントも顔出しをして属人化し、ファンを作るべきだ」という手法が主流になっています。確かに、顔が見えることで親近感が湧き、企業への信頼度が高まる効果はあります。しかし、ここでも多くの企業が「ファン化」の意味を履き違え、致命的なミスを犯しています。このセクションでは、属人化とファン化に関する大きな誤解について紐解いていきます。
個性や「おもしろ企画」だけで戦うリスク
「属人化=社員の個性を前面に出してウケを狙うこと」と勘違いしているケースが非常に多いです。社長が体を張ったドッキリ企画に挑戦したり、若手社員が流行りの音源に合わせて社内で踊ったりする動画がその典型です。
確かに、個人で活動しているクリエイターやインフルエンサーであれば、個人のキャラクターそのものが商品となり、エンタメ企画でファンを獲得できるかもしれません。しかし、企業アカウントが同じ土俵に立とうとするのは無謀です。視聴者はTikTokにプロのエンターテイメントを求めており、素人の企業が作った中途半端なエンタメ動画は、冷ややかな目で見られるか、すぐにスワイプされて終わります。
運良く個人のキャラクターが受けて再生数が伸びたとしても、視聴者は「その面白い社員」のファンになっただけであり、「その企業やサービス」のファンになったわけではありません。もしその社員が退職してしまえば、アカウントの価値はゼロになります。個性やおもしろ企画だけで視聴者の関心を惹きつけようとするのは、企業にとって持続不可能な戦略です。
トピックの専門性とメッセージ性が必要です
企業がTikTokで目指すべき「ファン化」とは、エンタメ的な人気者になることではありません。自社の持つ専門知識や業界に対する深い見識、あるいは企業としての理念に共感してくれる「支持者」を集めることです。
そのためには、出演者の個性よりも前に、発信するトピックの専門性が圧倒的に重要になります。視聴者は「このアカウントの動画を見れば、自分の知らない有益な業界情報が知れる」「この人の語る組織論には、毎回新しい気づきがある」と感じたときに、初めてそのアカウントをフォローし、ファンになります。
そして、そこに企業独自の「メッセージ性」を加えます。例えば、「現在の業界の〇〇という慣習はおかしい。私たちはこう変えていく」といった強いスタンスを示すことで、それに共感する熱狂的なファンが生まれます。属人化とは、顔を出してふざけることや趣味ついて語ることではなく、専門的な知識と企業のメッセージを「人間の言葉と熱量」で直接視聴者に語りかけるための手段に過ぎません。
【失敗事例】採用・独立支援を目的としたアカウントの崩壊
ここからは、株式会社ワンダーフォーサイトが実際に目の当たりにした、ある企業アカウントの失敗事例を詳しく解説します。この企業は採用や独立支援を目的としてTikTok運用を開始しましたが、方針のブレと数値への固執により、アカウントが完全に機能不全に陥りました。この事例には、多くの企業がやってしまう失敗のパターンがすべて詰まっています。
当初の提案:業界の哲学と組織論を語る専門コンテンツ
当初、弊社はこの企業に対して、業界特有の深い知識や自社の組織論、そして経営哲学を織り交ぜた専門的なコンテンツを発信することを提案しました。ターゲットは明確で、「その業界が本当に好きな層」や「将来その業界で独立したいと考えている熱量のある層」です。
彼らに向けて、現場のリアルな課題や、それを乗り越えるための独自の視点を社長や幹部陣が真正面から語るというスタイルを設計しました。このアプローチは、大衆向けのエンタメ動画のように爆発的な再生数は見込めません。しかし、熱狂的な支持者を生み出し、質の高い採用や独立希望者の獲得(コンバージョン)に直結すると確信していました。
数値への固執が引き起こした「インタビュー形式」への妥協
しかし、企業側は「爆発的な数値が見込めない」という理由で、この提案に難色を示されました。社内の評価指標として、どうしても一定以上の再生数が必要だったという背景があります。そこで妥協案として浮上したのが、より大衆受けしやすく、テンポよく見せることができる「社員へのインタビュー形式」です。
一見すると属人化を促し、親しみやすさをアピールできそうに見えます。多くの運用代行会社も採用したがるフォーマットですが、これがアカウント崩壊の始まりでした。
内容制限とスケジュール破綻による運用の難航
インタビュー形式を採用した結果、現場にはすぐさま多くのトラブルが発生しました。まず、出演する社員一人ひとりのコンプライアンスの観点や部署間の見え方の調整により、発言内容に厳しい制限がかけられました。
本当に伝えたいはずの業界の裏話や深い哲学は台本からカットされ、結果として表面的な「働きやすさ」や「職場の仲の良さ」ばかりをアピールする、どこの企業でもやっているような無難な内容に終始してしまいます。さらに、通常業務を抱える複数人の社員のスケジュールを調整して撮影を行うため、運用体制そのものが組めず、定期的な投稿すら難航する事態に陥りました。
企画の迷走 コンバージョンも再生数も失った末路
スケジュールが遅れ、運用が回らなくなった企業は、焦りから次々と別の企画に舵を切ります。流行りのダンスを踊らせてみたり、意味のない寸劇を取り入れたり、TikTokでよく見るトレンドをただなぞるだけのアカウントへと変貌しました。
完全に方向性を見失い、結果としてどの企画も中途半端な仕上がりとなります。元々狙っていた「業界に興味がある層」は、そうした薄っぺらい動画には見向きもせず離れていきました。最終的には、求めていた採用というコンバージョンはおろか、一番着眼していた再生数すら全く取れない状態になりました。
プラットフォームをYouTubeへ変更しても逃れられない失敗
TikTokでの失敗を受け、この企業は「TikTokは若者向けの遊び場だから、真面目なコンテンツは合わなかった。YouTubeなら腰を据えて見てもらえるはずだ」と考え、プラットフォームをYouTube(およびYouTube Shorts)へと移行しました。しかし、プラットフォームを変えただけでは、根本的な問題は解決しません。
ファン獲得を狙うも「個人の趣味公開場」へ転落
YouTubeでも引き続き「ファン獲得」を目標に掲げましたが、ここでもやはり認識の齟齬がありました。属人化を強化しようとするあまり、社長や社員の個人的な趣味、休日の過ごし方、Vlog的な要素を動画に盛り込み始めました。
これは、すでに何十万人も登録者がいる人気YouTuberであれば成立するコンテンツです。ファンは「その人の生活」自体に興味があるからです。
しかし、誰も知らない企業の、誰も知らない社員の休日を見せられても、一般ユーザーにとっては全く価値がありません。結果として、企業のアカウントが単なる内輪向けの「個人の趣味公開場」へと転落してしまいました。
トピック分散が引き起こすアルゴリズムの冷酷な評価
趣味や日常、たまに仕事の話といった具合に、発信する内容がバラバラになると、プラットフォームのアルゴリズムは非常に冷酷な判断を下します。
YouTubeもTikTokも、「このアカウントは誰に向けて、何の情報を発信しているのか」を常に機械的に分析し、適切な視聴者にマッチングさせようとしています。
雑記アカウント認定による拡散停止のメカニズム
トピックの方向性が分散すると、アルゴリズムはこのアカウントを「専門性のない雑記アカウント」として分類すると推定されます。雑記アカウントと判断されると、特定の強い興味関心を持つユーザーの画面(おすすめ枠や関連動画)に動画が表示されにくくなります。
つまり、アルゴリズムにもユーザーにも「何のアカウントか分からない」中途半端な存在として映り、拡散される機会を完全に失うことになります。
事例から読み解く、運用失敗の根本要因
なぜ、これほどまでに運用がうまくいかなかったのでしょうか。ここまでの失敗事例を踏まえ、企業がSNS運用でつまずく4つの根本的な要因を整理して解説します。
個人インフルエンサーの表面的な模倣による失敗
最初の要因は、ファン化を目指す際、個人インフルエンサーの手法を安易に真似てしまったことです。多くの企業は「バズっているクリエイター」の企画構成や話し方をそのまま自社に当てはめようとします。
本当に興味のある分野で発信を続ける必要があります
企業がインフルエンサーから学ぶべきは、表面的な企画力ではなく、彼らが「自分の得意領域や本当に興味のある分野で、圧倒的な熱量を持って継続的に発信している」という泥臭い姿勢です。
企業アカウントにおいても、自社の専門分野をどんどん配信していく行動量が求められます。個性や個性的とされる企画を真似るだけでは、再生数も伸びず、ユーザーからの反応も得られません。
トピック方向性の分散とブレが招く悲劇
二つ目の要因は、目先の数字や見栄えを追い求めて、動画のトピックを分散させてしまったことです。採用、趣味の公開、エンタメ寸劇と、動画ごとに扱うテーマが変わることは、アカウントの死を意味します。
アルゴリズムとユーザー双方に見放される理由
前述の通り、方向性が分散すると、アルゴリズムは動画を誰に届ければいいのか分からなくなります。同時に、たまたま1本の仕事に関する動画を見て興味を持ち、フォローしてくれたユーザーも、次に休日のゴルフの動画が流れてくれば、期待外れと感じてすぐに離脱してしまいます。
新規ユーザーとの出会いのチャンスを自ら潰す行為
アルゴリズムによる拡散が止まるということは、新しい視聴者との接点がゼロになることを意味します。様々なジャンルに手を出して「どれか一つでも当たれば」と考える行為は、かえって自らの首を絞め、新規ユーザーとの出会いのチャンスをより一層なくしてしまう行為です。
文脈と一貫性の欠如
三つ目の要因は、動画の背景にある「文脈」を無視したことです。類似する内容の動画であっても、その動画がどのような文脈で語られているかが、成果を大きく左右します。
過去の信頼性に支えられてこそ数字は伸びます
ある動画が爆発的に伸びたとき、それは単にその1本の動画の企画が優れていたからだけではありません。過去に積み上げてきた専門的な配信内容との一貫性や、すでにアカウントとして確立している「この人が言うなら間違いない」という信頼性に支えられてこそ、再生数が伸びる場合があります。
他者の企画や台本を真似るだけでは伸びない背景
そのため、他社のアカウントで伸びている企画や台本をそのままコピーして持ってきても、自社のアカウントではある程度すら伸びないという現象が起きます。そこには、自社独自の文脈や、日々の誠実な発信という土台が決定的に欠如しているからです。
「当たりを見つける」テストの軸のズレ
最後の要因は、運用における「テスト(検証)」の軸を見失っていることです。SNS運用において、様々なパターンを試して当たりを見つける作業は重要ですが、そのやり方を誤ると致命傷になります。
トピックを変えるのではなく表現や形式をテストする
異なる方向性の動画(エンタメ、日常、専門知識など)を次々と出して当たりを見つけようとする行為は、単なるトピックの分散であり、個人の雑記的趣味アカウントとして分類されてしまう原因になります。
当たりを見つけるということに関しても、あくまで「専門的なトピック方向性」などは完全に一致させておく必要があります。その上で、企画の形式(一人語りか、対談か)、冒頭のフックの作り方、編集のテンポなどを細かくテストしていくという軸を見失うと、アカウント運用は確実に失敗します。
成果を出すための「積み上げ式」TikTok運用
失敗のメカニズムを理解した上で、企業が本当に成果を出すための正しいTikTok運用の考え方をお伝えします。それは一発逆転のバズを狙う魔法ではなく、地道で確実なアプローチです。
TikTokでもビジネス同様に「誠実さ」が一番大切
TikTok運用代行の多くは再生数を最大の成果と考えていますが、本当に大切なのは視聴者に対する「誠実さ」です。過激な煽りやトレンドに乗っかっただけの動画で視聴者を集めても、企業としての信頼は築けません。
自社の専門知識を惜しみなく提供し、少ない再生回数でもターゲットに深く刺さるコンテンツを作れば、確実にCV(コンバージョン)を獲得することはできます。
爆発的なバズより5000~10万再生の安定を狙う運用
企業アカウントが目指すべきは、数百万再生のまぐれ当たりではありません。ターゲット層に確実に届く、5000から100000再生程度の動画を、安定して出し続けることです。この規模の再生数であれば、ニッチな専門分野であってもアルゴリズムに正しく評価されれば十分に到達可能です。
継続的な運用こそが企業への信頼を構築する
成果に至るためには、TikTokであっても「積み上げ式」の考え方を持つ必要があります。専門性の高い動画を何十本と継続して発信することで、ユーザーは「この企業は本物だ」「この分野についてはこのアカウントを見ればいい」と認識します。爆発的でなくても、安定した継続運用で信頼を構築することが最も大切です。
再生数ではなく「誰に何を届けるか」を軸に据える
企業がTikTokやYouTubeを運用する目的は、再生数を稼いで有名になることではありません。自社の価値を本当に必要としている人に適切に届け、採用や売上といったビジネスを前進させることです。
そのためには、「再生数」という虚栄の指標から脱却し、「誰に、何を、どのようなメッセージで届けるか」という本質的な軸をブレさせない強さが必要です。
プラットフォームのアルゴリズムに媚びるのではなく、画面の向こう側にいる熱狂的なファン候補に向けて、専門性と誠実さを持った発信を積み重ねてみてください。その地道な姿勢こそが、結果として最も強力なSNSマーケティング戦略になります。





